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「TOEICの元社長」という肩書きに違和感を持った人はとても正しい。
なぜなら、TOEICを受験した人なら誰でも知っているが、TOEICを運営しているのは、北岡靖男氏が設立した株式会社国際コミュニケーションズから派生した財団法人である一般財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会(以前のTOEIC運営委員会)だからだ(財団法人のトップは理事長であり、社長ではない)。
では、なぜETS(Educational Testing Service)にTOEICの制作を依頼した株式会社国際コミュニケーションズが財団法人を作るに至ったか?これは元を正せば、ETS側の要望によるものだ。
ETSは、TOEICを作ることに対してイエスとは言ったが、いざ契約する段になって、「利益を上げることを目的とする株式会社となんか契約したくない。財団法人を作れ」と言ってきたのだ。
当時、財団法人なんてものは簡単には作れなかったので、通産省が抱えていた財団法人を買って、その名前を変えてTOEIC運営委員会としたと聞いている。
TOEICの運営を複雑にしたのは、このTOEIC運営委員会と株式会社国際コミュニケーションズの二重構造である。
さらにそれを複雑にしたのは、TOEICの制作費用を全て国際コミュニケーションズの負担とする一方で、その保有権をすべてETSに譲渡したことだ。
どうしてそのようなことになったかというと坂井さんは「北岡という男がつくづくお人好しだったから」と答えていた……ただ同時に北岡さんは、世界的なテスト機関であるETSの看板を持つことによって、TOEICに箔をつけようと思っていたらしい。
TOEIC設立の目的
個人的にはTOEICの設立時のゴダゴダなんてものに興味はなく、時々坂井さんから断片的な話を聞く程度で、深く突っ込んだ話をしたことはなかった。
ただ、北岡さん、ひいては坂井さんたちが本当にやりたかったのは英語教育事業であり、テストはただその始まりに過ぎなかったということは強調しておきたい。
時々、「まさかテストだけでビジネスになるとは思わなかった」と呟いているのを聞いたことがある。
坂井さんが株式会社国際コミュニケーションズに入社した時期は定かではないが、入社を機に英語の勉強を本格的に始めたと聞いているので、おそらく1982、3年だと思う(いつも「僕は37歳から英語の勉強を本格的に始めた」と言うのを聞いていたので、計算するとそうなる)。
もとは全国的に展開しているフィットネスジムでマーケティングを担当していたとのことだが、その会社が北岡さんの会社に出資をしており、その関係で出向したらしい。
北岡さんに財政的な問題をいくつか指摘して「北岡さんの会社はこのままだと潰れますよ」と改善を要求したら、「だったら自分でやってみろ」と言われて番頭役として入社したとのことだ。
TOEICの普及
TOEICは足切りテストではなく、その人が持っている英語力を点数として評価するテストである。
公式サイトでも「このスコアは、常に評価基準を一定に保つために統計処理が行われ、能力に変化がない限りスコアも一定に保たれている点が大きな特長です。」と明記されている。
そのような意味合いにおいて、TOEICは非常によくできたテストだ。特にTOEICが普及し始めた1980年代初頭には、英語の検定試験は所謂英検しかない上に、英検では英語によるコミュニケーション能力を図るには不十分だった。
だからこそ、北岡さんたちはTOEICを作成したのである。TOEICは高いスコアを獲得するために勉強して受験するべきものではなく、あくまで受験者の英語力の現在地を図るためのテストであるということだ。
一度、坂井さんに「どうやってTOEICをあれほどまでに普及させたのか?」と訊いたことがある。答えは「時代がよかった」ということだった。
もちろん、謙遜の意味もあって、そう答えたとは思う。だが、時代の波に乗ったことはたしかだ。特に1985年に締結されたプラザ合意の影響が大きかった。
その後の急激な円高により各大企業が賃金の安い海外に生産拠点を持ち始め、それらの社員の英語力を測る評価基準としてTOEICを採用するようになって、一気に普及したとのことだ。
次回はTOEICが爆発的に普及したことによる問題と、TOEIC信仰について書きたいと思っている。