オンライン英会話を利用している皆さんの中には、カランメソッドのレッスンを受けている方も多いと思います。また大手英会話教室では、スピーキング中心のレッスンが主流になってきています。
これらのレッスンスタイルはどんな教授法を参考に作られたのでしょうか。
今回のテーマは英語教授法の歴史と特徴。紹介する教授法の中には、それまでの教授法に反論する形で生まれたものや、戦時中に生まれたものもあります。
皆さんが受けたことのあるレッスンを思い出しながら読んでくださいね。
英語教授法の変遷
まずは1800年代から今日に至るまでの代表的な教授法を見てみましょう。
もちろん上記が全てではありませんが、この5つは現在も英語教育現場で広く使われているものです。
ちなみに「英語教授法の歴史」と書いていますが、他言語教育が起源となっているものもあります。また起源や特徴については諸説あるということを知った上で読んで頂ければと思います。
グラマートランスレーションメソッド(文法訳読法)
文法訳読法と呼ばれ、1800年代~1960年にかけて主流でした。名前にグラマー(文法)やトランスレーション(翻訳)が入っていることから、何を重視しているか見えてきますね。
歴史
現在アメリカで外国語科目として学ぶのは主にスペイン語です。しかし昔はラテン語や古代ギリシア語が外国語科目として取り入れられていました(ラテン語の授業は今もありますが、昔ほど重要視されていないそうです)。
ラテン語や古代ギリシア語は、日常的に話す人がほぼいなくなったことから「口語としての死語」と呼ばれています。
これらの言語を学ぶのは、コミュニケーションを取るためでなく書物を読むためでした。教養のある人=ラテン語を理解できる人という構図が出来上がっていた程です。
元々はヘブライ語で書かれている聖書も、広く読まれたのはラテン語バージョンです。
アメリカでのラテン語・古代ギリシア語教育の中でグラマートランスレーションメソッドは生まれました。そしてこの教授法は、非英語圏での英語教育に取り入れられていきました。
特徴
元々は外国語の書物を読むために生まれたグラマートランスレーションメソッド。現代の英語教育で用いられる場合、どんな特徴を持つのでしょうか。
1)母語に訳しながら文法や単語を覚える
生徒の母語と結び付けながら効率的に文法や単語を覚え、文章を理解できるようになることが最も重視されます。
2)人数が多いクラスに向いている
発音・スピーキング・リスニングは後回しです。発言機会をあまり設けないため、生徒数が十人~数百人の授業に向いています。
3)講師は必ずしも英語を話せなくて良い
母語を使って教えるので、講師と生徒の母語が一致、もしくは講師が生徒の母語に精通している必要があります。文法訳読法という名前からも分かるとおり、文法や読解を重視するので、講師の英語が流暢でなくてもクラスは成り立ちます。
今でこそ日本の中学校や高校でもリスニングやスピーキングが重視され始めていますが、一昔前の「先生がひたすら日本語で英文法を説明する授業」はこの教授法に似ていると思います。
日本の古文や漢文の授業と言うと、アメリカのラテン語教育にさらに近いかもしれませんね。この教授法は1900年代半ばに Cold and lifeless approach(冷たく人間味の無い教え方)と言われ始め、人気を失っていきました。
ダイレクトメソッド(直接教授法)
1880年~1930年代に広まり、2000年代に再度注目を集めたダイレクトメソッド。「直接教授法」と訳されることが多く、カランメソッドの元となった教授法です。「直接」、つまり生徒の母語に訳さないのが特徴です。
歴史
世界中で貿易が盛んになり、外国語を話せることの重要性が高まったのが起源と言われています。口語と文語の両方を対象とする「言語学」が学問として認められ始めたのもこの頃です。
ダイレクトメソッドは世界的に有名な語学学校グループであるベルリッツで取り入れられたことでも有名です。
特徴
現在ダイレクトメソッドを取り入れる英語クラスには、下記のような特徴が見られることが多いようです。
1)リスニング・スピーキング > ライティング・リーディング
英語を聞き取る力、話す力、正確な発音、スピードなどが重視されます。読み書きの優先順位は低いケースが多いです。
2)第一言語習得=第二言語習得と考える
第一言語と第二言語の習得過程はほぼ同じという仮説の元に成り立っています。英語圏の子どもが自然と英語を習得するのと同様、大人も英語をたくさん聞いてたくさん話すことが効果的と考えます。
3)生徒の母語は一切使用しない
グラマートランスレーションメソッドと異なり、ダイレクトメソッドでは新しい単語を教える際にもジェスチャーやイラストを使いながら全て英語で説明します。
4)文法を帰納的に理解することが求められる
名詞や動詞を入れ替えながら同じ構造を持つ文章を何度も聞き、声に出します。その中で生徒は文法規則を見つけ出す必要があります。講師が文法用語を使って説明することはありません。
こちらの動画ではダイレクトメソッドが使われています。リスニング・スピーキングの機会が多くテンポの良いレッスンです。
グラマートランスレーションメソッドに比べると実用性がありますが、これらの練習はよく Controlled practice(コントロールされた練習)と呼ばれます。まだまだ自然な場面設定が無く、文脈に欠けるとの意見が多い教授法です。
オーディオリンガルメソッド(聴覚口頭練習法)
聴覚口頭練習法と訳されることが多く、1940年代~1960年代に広まりました。オーディオ=音、リンガル=舌という意味があり、名前の通りリスニングやスピーキングに力を入れます。
歴史
第二次世界対戦中、アメリカの兵士は他国の情報をいち早く手に入れるために外国語を早急に習得する必要がありました。
その際に用いられた教授法がオーディオリンガルメソッドの起源と言われています。このことから Army Method(軍隊のメソッド)とも呼ばれます。
またこの教授法は、人間の行動は心理的条件でなく客観的な立場から証明できると唱える Behaviorism(行動主義)に基づいています。
簡単に言えば「正しい答えを言うと褒められ、間違った答えを言うと仕打ちを受ける」ことで外国語習得のスピードが上がると考えられていました。軍隊らしいですね。
特徴
現代の英語教育におけるオーディオリンガルメソッドの特徴をまとめました。
1)ダイレクトメソッドとの類似点が多い
読み書きよりもリスニングやスピーキングが重視されている点、母語は使わずに学習言語だけを用いる点などがダイレクトメソッドと似ています。
2)Drilling(真似)とRepetition(繰り返し)
講師の英語を真似しながら、文章や単語を繰り返し練習します。役割を交代しながら1つのダイアログを何度も口に出すことで、丸ごと暗記してしまうこともあります。
3)文法説明には母語を使っても良い...?
ダイレクトメソッドは母語が完全禁止なのに対し、オーディオリンガルメソッドでは文法説明にのみ母語を使って良いという説があります。
前者の「第一言語習得=第二言語習得」という考えに後者は反論しているため、特に大人には文法説明をした方が効率的としているのかもしれません。
こちらはオーディオリンガルメソッドが使われている動画です。
ホワイトボードには文法用語が並んでいます。生徒は質問に答える中で、学んだ文法を定着させていきます。
TPR(全身反応教授法)
Total Physical Responseの略で、日本語では全身反応教授法と呼ばれます。日本でも多くの子供英会話教室で導入されているので、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
歴史
戦後、人間味のある外国語習得法を取り入れるべきだとの動きが広まりました。人権を無視したような「行動主義に基づく教授法」であるオーディオリンガルメソッドに反論する形で生まれたと言われています。
特徴
1)体を動かしながら言葉を口にする
例えば Mix という単語を学ぶ時は、左手でボウルを持ち右手でかき混ぜる動作を行います。英語と動きを組み合わせ、感情を入れながら話した方が記憶に残りやすいと考えます。
2)子どものクラスに向いている
講師の動きをしっかり見て真似をしなくてはならないため集中力が持続します。体を動かしながら楽しく学べるので特に子どもに向いていると言われます。
3)母語は原則使わない
新しい表現を学ぶ際にも、動作やイラストを見れば意味が理解できるよう工夫されています。母語を使うことは原則ありません。
子ども達が楽しく英語を学んでいる様子が伝わってきます。
コミュニカティブアプローチ
日本語でもそのままコミュニカティブアプローチと言われることが多いですが、こちらは1970年以降に世界中で広まりました。英語教授資格TESOLでも、現在はこの教授法が推奨されています。
歴史
「言語教育はリアルな状況を想定した会話の中で行われるべきだ」という考えから生まれました。
話すことを目的としないグラマートランスレーションメソッドや、決められた答えを繰り返すダイレクトメソッド・オーディオリンガルメソッドと大きく異なる教授法です。
特徴
1)レッスンの主役は生徒
それまでの講師中心の教授法と異なり、レッスンでは生徒が自らの意思で発言する機会、さらに生徒同士が会話する機会を多く設けます。講師は生徒の英語を引き出す役に徹します。
2)正確性より意思疎通に重きを置く
講師は生徒さんが失敗を恐れず話せる環境を提供します。講師の判断により、多少のミスを見逃す場合も多くあります。
3)会話を通して文法や単語を定着させる
読み書きを練習するレッスンでも、新しい文法を習うレッスンでも、常に双方向性コミュニケーションがあります。
有名なアクティビティーの1つ「インフォメーションギャップ」。現在完了形の作り方を学ぶとします。2人組になり、お互いに持っていない情報を聞き出して空欄を埋めていきます。
(例)
Ken:Have you ever been to France?Mary:No, I haven’t.
Ken は自分のプリントに Mary has never been to France. と記入します。質問では You が主語なので Have you ~?を、記入する時は He/She が主語なので He/She has ~. をという具合に、三人称単数による動詞の変化も練習もできます。
文法(現在完了形)を使えるようになることが目的ですが、生徒同士のコミュニケーションの時間がしっかり確保されているのが分かりますね。また自身のリアルな経験について話すため、質問や解答に文脈があります。
5つの教授法を表にまとめました
世界で広く取り入れられてきた英語教授法を紹介してきました。ここで5つの教授法をいくつかの視点から比較してみます。
母語使用 | 四技能 | |
---|---|---|
グラマートランスレーションメソッド | 〇 | R・W > L・S |
ダイレクトメソッド(直接教授法) | ✖ | R・W < L・S |
オーディオリンガルメソッド | △ | R・W < L・S |
TPR(全身反応教授法) | △ | R・W < L・S |
コミュニカティブアプローチ | △ | R・W ≦ L・S |
※リーディング=R ライティング=W リスニング=L スピーキング=S
母語使用について一番厳しいルールがあるのはダイレクトメソッドです。フィリピン人講師のオンライン英会話でカランメソッドが使われていることからも分かるように、講師と生徒の母語が異なる場合に重宝されます。
一方グラマートランスレーションメソッドは日本の中高英語教育など、講師と生徒の母語が同じで、多くの知識を詰め込むクラスで好まれます。
国際化が進んだ2000年以降はコミュニカティブアプローチが注目されています。非ネイティブの英語話者がネイティブ話者の4倍いると言われる時代。
コミュニケーション能力が一番重視されるのも納得ですね。また他と比べるとある程度四技能全てを伸ばせる教授法でもあります。
次にそれぞれの教授法が、講師と生徒どちら中心のレッスンか、大人数・少人数どちらのクラスに向いているか比較します。
中心は講師 or 生徒 | クラス人数 | |
---|---|---|
グラマートランスレーションメソッド | 講師 | 多 |
ダイレクトメソッド(直接教授法) | 講師 > 生徒 | 少 |
オーディオリンガルメソッド | 講師 > 生徒 | 少 |
TPR(全身反応教授法) | 講師 > 生徒 | 中 |
コミュニカティブアプローチ | 生徒 | 中 |
グラマートランスレーションメソッドは講師中心なので人数が多いクラスに向いています。
ダイレクトメソッドやオーディオリンガルメソッドは、発話量を増やすことで英語力が上がるとしている教授法です。そのため少人数のクラスに向いています。
しかし生徒の発話量は多いものの「決まった答え」を求められているため生徒よりも講師が中心としました。
コミュニカティブアプローチの主役は生徒です。生徒から講師に質問をしたり、生徒同士が話し合ったりという場面が多くあります。
最後に
今回この記事を書くにあたり色々なソースに当たりましたが、戦前に生まれたダイレクトメソッドが2000年以降再度注目を集めるなど、興味深い事実をたくさん知ることができました。
歴史と共に変化してきた英語教授法ですが、どれを見てもメリットとデメリットがあります。生徒の年齢やクラスの人数、強化したい分野によって異なる教授法が使われるようですね。
四技能をバランス良く伸ばしたい方は、グラマートランスレーションメソッドとコミュニカティブアプローチなど、複数の教授法を組み合わせるとより効率的に英語を習得できると思います。