photo by Simon Beni
こんにちは、通訳案内士の上田裕美です。突然ですが、わたしは仕事が大好きです。自分でいうのもなんですが、仕事に対するモチベーションと情熱はとても強く、身体が元気なうちはずっと働き続けていたいと思っています。
この仕事を始める前に5年間働いていない期間があり、その間韓国語を学んだり大学院に通って修士をとったりといろいろとやってはみましたが、仕事以上に充実感を覚えるものはないなあ、というのが現段階での結論です。
仕事がもたらしてくれる喜びのなかでも1番大きいのは、なんといっても人との出会いです。人ぞれぞれ世界の見方は大きく異なるので、誰かと出会い、その人の視線を通した世界に触れることで、自分が感じることのできる世界も大きく広がるような感覚があります。
通訳案内士の仕事を始めてからの2年間でも、沢山の出会いに恵まれました。欧米圏を中心として世界中から日本に旅行に来るお客さん、通訳案内士団体・旅行会社の方々、通訳案内士仲間に、ツアー中お世話になるホテルやレストランのスタッフさんやバスの運転手さんなどなど。
会社員時代には出会う機会がなかったような人たちばかりで、仕事によって出会う人の幅がガラリと変わるのがまたとっても面白いなあ、と思います。そのなかでも、特に強い影響を受けた印象的な出会いについて、いくつかご紹介したいと思います。
海外の同業者たちとの出会い
まずは、通訳案内士ならではともいえる、海外の同業者たちとの出会いについてお話しします。
1人目は、イスラエルのガイド、サイモン・ベニ。サイモンとは、2015年春のロングツアーの仕事を通じて出会いました。サイモンは、ガイド歴10年を超えるベテランです。年間稼働日数は200日前後で、アウトバウンド(35%)とインバウンド(65%)両方のツアーをこなしています。
(日本ではアウトバウンドとインバウンド、それぞれの業務を行うための資格が別途必要となりますが、イスラエルのように、海外ではひとつの資格で両方の業務遂行が可能な国もあります。わたしが持っている資格は、通訳案内士のみ。以下の文章で「ツアー」という場合、基本的には日本を訪れる外国人観光客向けの国内ツアーを指しています)
ロングツアーのスルーガイドには、2種類あります。ひとつは、ガイディングから添乗業務までをすべて通訳案内士1人が担うツアー。もうひとつは、現地からお客さんと一緒にローカルのツアーリーダーがついてきて、通訳案内士は主にサポート業務を行うツアーです。
サイモンに出会ったのは、後者のパターンでの仕事を請け負っていた際のことでした。わたしにとっては3回目のロングツアーで、彼がツアーリーダーとしてイスラエルのお客さん40名を率いて、関西4都市を周るツアーに、アシスタント的な立場で入ることになりました。
サイモンは、180センチを越す長身。ちょっと長めのカーリーヘアにスナフキンのようなとんがり帽子をかぶり、服装はヒッピー風で、かなりラフ(ボトムは常にデニム)。
お客さん以上に写真が大好きで、暇さえあればごつい一眼レフで写真を撮りまくり、休憩時間には煙草をスパスパ吸っていました。日本のガイドは、どちらかといえば服装も言動もきっちりめ。
180度異なるスタイルに最初は戸惑いましたが、スタイルが異なるだけでサイモンのプロ意識はとても高く、あのタイミングで彼の素晴らしい仕事ぶりに間近で接することができたのは、貴重な経験になりました。
4日間の仕事を通してサイモンから学んだことは数え切れませんが、3つだけ挙げるとすると、以下のようになります。
- 豊富な情報提供、かつお客さんの嗜好に応じて、その内容を選別する重要さ
- お客さんとの関係性の築き方
- ベンダーさんへの接し方*
(*ベンダー=ホテルやレストランのスタッフさん、バスの運転手さんなど、ツアー中に関わる方々)
サイモンがお客さんに対して使う言語はヘブライ語なので、そのときどきで何を話しているか、わたしには理解できません。ただ、話題は日本に限定されているので、合間合間に聞こえる単語をヒントに、なんとなく内容を推察することはできます。
サイモンが説明をし始めると、おしゃべりに夢中で賑やかだったお客さんが一気に静かになり、ノートをとりだしてメモをとりながら熱心に話に耳を傾けている姿が、とても印象的でした。
サイモンの話は延々と続き、「何をそんなに話すことがあるのだろう」と不思議なくらいでした。あとで聞いてみると、このグループは特に知的好奇心が強く、歴史や文化的背景を知りたがるため、いつもより説明を丁寧にしていたとのこと。
ただ単に自分が持っている情報をそのまま提供すればいいのではなく、お客さんの嗜好に合わせて取捨選択することが大事だということも、彼から学びました。
サイモンのお客さんとの関係性の築き方も、とても勉強になりました。日本のきっちりした接客業が前提にあるので、彼のお客さんへの接し方のあまりのラフさに、はじめは驚きました。
しょっちゅう冗談をいってはお客さんを笑わせたり、お客さんの肩をポンポンとたたいたり、ガイドとお客さんというよりは、長年親しんだ友人同士のような気安さでした。
それでいて、集合時間に遅れるなど、サイモンが設定したルールに違反したお客さんには、「そんなに怒っちゃっていいの?」とこちらが戸惑うぐらい、厳しい態度で注意をします。
さすがだなあと感心したのが、40人もいるお客さん1人1人をしっかりと把握していたこと。全員の名前をフルネームで覚え、個別に話をする機会を折に触れて設けていました。
全体へ説明する場のような1対40のかたまりだけではなく、1対1の対話の時間をごく自然にでもしっかりと確保することで、お客さんみんなが「ケアされている」感覚を持つことができるのだなあ、と学びました。
サイモンの、ベンダーさんたちへの接し方も、印象的でした。若い頃日本に滞在していたらしく、ベンダーさんとの会話にちょこちょこと日本語の単語を挟んできます。
ホテルやレストランに到着すると、彼はかならずスタッフの方々に笑顔で「コンニチハ〜」と挨拶をして、時間があれば雑談をします。フレンドリーな態度の一方で、要求がある場合は、粘り強く交渉します。
ベンダーさんに協力していただかなければ、お客さんによいツアーを提供することはできません。そのためにも、お客さんにだけいい顔をするのではなく、ベンダーさんと信頼関係を築くことは、とても重要です。このことを最初に教えてくれたのも、サイモンでした。
この記事を書くにあたり、ひさしぶりにサイモンと話をしたところ、旅行会社から受けるツアーをこなす傍ら、Jerusalem Photo Tourという自分のツアーを立ち上げたという嬉しいニュースを聞きました。
イェルサレムの歴史を学びながら撮影に適したスポットをめぐり、写真撮影のクラスも受けられるのが売りで、お客さんからの評判も上々とのこと。ゆくゆくはこのスタイルの海外ツアーも立ち上げたいと、話してくれました。着々とキャリアを広げているサイモンに、またとてもいい刺激を受けました。
わたしにとっては、「このひとのようになりたい」という人への憧れがもっとも強烈な仕事への動機付けになるので、そう思わせてくれる人との出会いは、本当に得がたい財産だと考えています。
そして、そういう出会いをもたらしてくれる通訳案内士の仕事が、やはりとても好きだなあと感じています。