photo by Moyan Brenn
「欧米=成熟、日本=未熟」という公式
先日、当コラムで、「今の日本は、『日本人はこんなに素晴らしい』と礼賛するTV番組、本であふれているが、80~90年代にはむしろ『日本のここがダメ!』という本が爆発的に売れていた」という話をしました。
当時のベストセラーといえば、マークス寿子さんやクライン孝子さんなど、「欧米人男性と結婚した日本人女性」による“日本批判”が中心。
彼女たちは基本的に「欧米=成熟、日本=未熟」という公式を立て、痛快な「日本批判」を繰り広げました。彼女たちの本が日本で売れたのは、その考え方がいわゆる「サヨク的」だったからではありません。
むしろ過剰に「保守的」だったからです。彼女たちは日本批判をしているようで、実は「日本の若者、親、教師、サラリーマン」などが「昔と比べてバカになった」と批判していたのです。こうした語り口が、「今の日本はどうなっているのだ!」と憤る中高年にウケたのですね。
(女性+海外経験)×(国際結婚)の組み合わせは最強だ
80~90年代の日本は、今よりもずっと男性中心社会でした。そんな中、ビジネスや政治の場で周縁に追いやられがちだった女性が、強い調子で発言するには、「欧米の事情をよく知っている」という“箔”が必要でした。
マークス寿子、クライン孝子両氏は、いずれも国際結婚をしており、意識的にカタカナの名前を使用しています。マークスさんに至っては、離婚した後もカタカナ姓を名乗り続けている。
外国人姓を名乗ることが、日本批判をする際の“強み”になった側面もあるでしょう。彼女たちは「日本人でもなく、欧米人でもない」視点をもっていると評価された(かった)のです。
当時の論客といえば、ハーバード大の大学院で学んだジャーナリスト、故・千葉敦子さんも有名です。
『ちょっとおかしいぞ、日本人』(新潮社、1985)では、「日本人は欧米人よりも、他人を僻みやすい」とか、「アメリカ人は相手に年齢を尋ねないのに、日本人はすぐ年齢を聞く」などの主張を展開。
彼女は、国際結婚こそしていませんが、アメリカで働いているというアドバンテージを活かして、小気味いい日本批判を繰り広げました。海外でのキャリアが豊富なので、女性でありながら日本批判をする「資格」が得られたのです。
海外経験という“箔”があれば、女性が強い主張をしてもスッと受け入れられる。90年代くらいまでの日本には、そういう風潮があったのではないでしょうか。
(『ちょっとおかしいぞ、日本人』新潮文庫、1988。表紙では、欧米人女性が、日本人女性に違和感をもった眼差しをそそぐ様子が描かれている)
森瑤子「日本の若い女は“痩せぎすブス”」「女子大生のブランド好みはバカ」
もう1人、(女性+海外経験)×(国際結婚)の組み合わせを活かした作家として興味深いのが、イギリス人の夫がいる作家、故・森瑤子さんです。
彼女は1978年、38歳の時に 『情事』ですばる文学賞受賞。以後、次々とヒットを飛ばし、ベストセラー作家になりました。
彼女が書いた『夜のチョコレート』(角川書店、1990、リンクは文庫版)は、「日本の若い女」に対する批判があふれており、大変面白いテキストです。
いわく、日本は豊かになり、若い女たちは贅沢になって、バカなことばかりしている。「親のお金で外車を乗り回すアホ娘、ゴルフが趣味なのよ、とぬかす薄らトンカチ」(前掲書、文庫版、28頁)など、キャッチーなフレーズが満載です。
「痩せぎすブス」という章では、日本の若い女はガリガリで、欧米の大女優と比べて、全然美しくないと説きます。海外でオペラを見に行った際には、日本人の若者がジーンズ姿で現れたのを見て「みすぼらしい、薄汚い」とバッサリ。
「ジーンズをおしゃれに見せるのには、長くスラリとした脚が必要なのだ」、つまり、アジア人である日本の若者が、欧米人の真似をしても見苦しいだけ、というわけです。
英国人夫と、ハーフの娘たちと暮らす人気作家、森瑤子さんの「若者批判」は、若い女性たちにもウケましたが、同時に年長者のガス抜きにもなったことでしょう。
国際結婚して、多様な視点を身につけているはずなのに……
なぜ森瑤子さんのように、国際結婚して多様な視点を身につけているはずの女性たちが、日本の若者を(一方的に)批判するのか。おそらく欧米人男性と結婚した際に、自らの「日本人らしさ」を高く評価されたからではないでしょうか。
よく、日本人女性に魅了される外国人は、日本ならではの「奥ゆかしさ」や「エキゾチックさ」などを評価するといいます。
そんな海外の男性に選ばれた日本人女性は、「むやみに欧米的な美を目指さなくても、日本人らしさを大切にすればいいのだ」と、考える傾向にあるのかもしれません。
だからこそ、やたらと欧米人のようになりたがり、海外のブランド物を欲しがる若者を見て、「嘆かわしい」と感じるのでしょう。
そうして「古き良き日本人女性」の立場から、日本の若者を批判していると、「外国人と結婚したのに、保守的な女性感覚を大切にしている」ように見えます。
だからこそ、国際結婚した女性による「若者批判」は大ヒットしたのです。森瑤子さんは、1993年に亡くなりました。
その後、彼女のイギリス人夫がいわゆる「ダメンズ」で、森瑤子さんの収入にあかして豪遊し、最後まで日本語を覚えようとしなかったことなどが明らかになりました。
森瑤子さんにも、彼女なりのご苦労があったことでしょう。そう思って読むと、痛快な「日本の若者批判」が満載の『夜のチョコレート』も、また違った味わいがあるのでした。