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こんにちは!フリーランスの現役英日翻訳者、ランサムはなです。これまで、私がプロの翻訳者になるまでの道のりをお話しして来ました。

1回目の記事では、英語教師になった私が、渡米して現地の日本語教師になり、日英特許翻訳のチェッカーに挑戦してみたところまで、2回目の記事ではNYの日系新聞社で、「1000本ノック」とも呼べる特訓を連日受けた話をしました。

3回目の記事では、フリーランスとして正式に独立するまでをお話ししました。4回目の今回は、海外の会社と日本の会社の相違点、認定試験などについてお話ししたいと思います。

翻訳会社からの初の仕事を通じて、IT翻訳の決まり事を学ぶ。

さて、プレスリリースの翻訳で培った経験が、翻訳会社でも通用するとわかった私は、前回の記事でご紹介した翻訳者団体主催の学会などに出席して同業者や翻訳会社とのネットワーク作りをしながら、少しずつ受注を増やして行きました。

翻訳会社からいただいた最初の仕事は、ソフトウェアのマニュアルの翻訳でした。ソフトウェア関連の仕事は、一度受注するとほぼ必ずバージョンアップがかかるので、リピート受注が見込め、長期的にもありがたい仕事です。

ただ、バージョンアップが出た場合、変更のない部分は前バージョンの翻訳を「リサイクル」するのが業界の慣行なので、業界で「翻訳メモリ」と呼ばれる(つまりは「過去訳リサイクル用」)ソフトを購入することが必要になりました。

駆け出しの翻訳者には大きい出費でしたが、幸い、すぐに元は取れました。この仕事を通じて、私はIT翻訳業界には独特の決まり事があることを学びました。

プレスリリースは1本の記事を1人で翻訳する個人作業ですが、ソフトウェアのマニュアルは、ものによっては何百ページもあり、納期が厳しい場合、複数の翻訳者が同時進行で作業を進めることがあります。

このため、誰が対応しても統一された表現になるように、また用語なども翻訳者間でばらつきが出ないように、事前に「用語集」を作ってから翻訳を始めるのです。使っていい漢字・いけない漢字や、「~である」体を避けるなど、文体のスタイルも決まっています。

しかもこのスタイルは、アップルとウィンドウズでソフトのメニューが異なるように、商品によって変わるので、仕事を請けるたびにお客さんの方針に合わせて表記を変えなければなりません。

仕事が来るたびに作業指示書に目を通し、お客さん特有の決まり事を頭に入れてから、作業を開始することが多くなりました。

海外では、実にいろいろな仕事が来る。

そのうち、マニュアルの翻訳以外にも、実にさまざまな仕事の打診が来るようになりました。まずは他の翻訳者が翻訳した文章を編集・校正する仕事。日本では「チェッカー」という方々が行っている仕事ですが、アメリカでは「Editor」「Proofreader」と呼ばれています。

その他、日本語に翻訳したソフトを日本語のパソコンにインストールして、ソフトが正常に機能するかどうかを点検し、問題点を報告する仕事。CADソフトなど、私の手持ちのパソコンでは馬力が弱すぎるということで、IT企業本社に出向いて会社のパソコンでテストをすることもありました。

そうかと思えば、翌日にはダウンタウンのカジュアルウェア通販会社に呼ばれ、洋服・アウトドア製品の通販カタログの翻訳・校正をしたこともありました。

電話帳のような厚さの医療機器マニュアルの翻訳を校正したり、オンラインアンケートのダミー回答者になって、アンケートがきれいに表示されるかを確認したり、問題点を報告する仕事もありました。

特に印象に残っている仕事は、サンフランシスコの観光ガイドをインストールした携帯端末を持たされて、現場検証をした経験です。実際に現地に出向いて、紹介されているレストランや建物の場所・営業情報を確認しました。

記載されている「名物」の催しが、現在も開催されているかどうかをお店の方に尋ねたり、メニューを確認したりして、お金をいただきながら、観光気分が味わえました。グーグルの地図サービスがある現在では、このような仕事は考えられないと思います。

シリコンバレー近辺に住んでいた影響もあったのかもしれませんが、この当時、「英語がわかるネイティブの日本人」が、英語圏でいかに希少価値であり、重宝されているのかを実感しました。

英語圏のお客さんは、大きく分けて以下の2つのタイプがあります。

  • 日本市場に本格進出するかどうかを決めかねており、地元(在米)翻訳者を使って実験的に小さい仕事を出してみようという会社。
  • 多言語に対応しており、30か国語翻訳などを同時進行させている会社。

いずれの場合も、日本に対する知識がなく、プロジェクトマネージャーやエンジニアに日本語がわかる人が一人もいないということがよくあります。

こういうときは、翻訳の仕事だけでなく、日本と現地の窓口のトラブルの仲裁に入ったり、日本のお客様が満足していない理由を英語でプロジェクトマネージャーに説明したりする役割を翻訳者が果たさなければならなくなります。

日本国内で翻訳の学校を卒業した方と話をすると、この点の認識が大きく違うことに驚かされます。日本国内で翻訳の勉強をした方は、「専門を極めるべき」、「専門以外のことには手を広げるな」などと先輩から助言を受ける方が多いようです。

確かに日本国内のように、翻訳者志望者の層が厚い場合は、断ってもすぐに代わりが見つかるため、そのアドバイスは適切かもしれません。でも英語圏では実力のある日本語翻訳者が絶対的に不足しているため、発注側の立場に立つと「代わりが見つからない」という困った事態が発生します。

ですので、海外とのお取引に限って言えば、「自分の専門ではない」と言ってすぐに断ってしまう翻訳者よりも、「できるだけのことをしてあげたい」と歩み寄る姿勢の翻訳者の方が好まれる傾向があるように思います。

ただ、日本や日本語を知らない相手と取引をすると、こちらの想像を超えるような質問をされて驚くことはあります。

「日本語を確認してくれ」と言われてファイルを開いてみたら中国語だったり、顧客に漢字とカタカナの違いを説明しなければならなかったり、「そんなことも知らないの?」と内心思うようなレベルの低いお客さんにも辛抱強く付き合わなければなりません。

私は外国人に日本語を教える仕事をしていたので慣れていますが、相手があまりにも無知でうんざりする翻訳者もいらっしゃるかもしれないと思うことはあります。海外在住の翻訳者は、言ってみれば「無医村の離島で働く医者」のようなものだと思います。

無医村の医師は、通常の健康診断からお産、骨折、手術まで、あらゆる怪我・病気の検査/診断/治療を一人でこなさなければなりません。「自分は小児科の専門なので、大人の患者さんは診ません」とは言えません。

海外在住の翻訳者も、無医村の医師と同様、「自分はXX専門の翻訳者なので、他の仕事はしません」とは言えない立場です。

翻訳、チェック、ソフトウェアのテスト、印刷物のレイアウトチェック、日本語ナレーション、仲裁など、日本語に関連した仕事はひととおり引き受けなければなりません。

その点では、日本国内の会社と海外の会社は取引の仕方が大きく違うことを覚えておいていただければと思います。

認定試験を受けるべきかどうかについて。

フリーランスになって数年してから、私は米国翻訳者協会(ATA)の認定試験を受けました。プロとして活躍している翻訳者の中には、認定を持っていなくても十分に実力のある方がいます。

認定ステータスを維持するだけの理由で、毎年認定団体への会費を払い続けるのがばからしいと言って、せっかく認定を取ったのに脱退してしまった人もいます。

いろいろな要件がわずらわしいという理由で、試験を受けない翻訳者もいます。ですので、認定翻訳者=優秀とは一概に言い切れないことは事実です。そこは皆様が判断して決めていただければと思います。

ただ私は、以下の2つの理由で認定試験を受けることにしました。

  • お客さんがまったくの一見さんで、右も左もわからない状況で、いい仕事をしてくれる翻訳者を見つけようと思ったときに、何か目安になるものがあると安心するだろう。
  • プロになると、客観的に翻訳力を評価していただける機会が減るので、独りよがりに陥らないための腕試しとして利用させていただこう。

次回は、フリーランスをさらに極めて北海道で田舎暮らしをするようになってからの体験、世界中の会社と取引をする際の注意点、翻訳者を目指している方へのアドバイスなどをお伝えしたいと思います。