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ある日、社内のエグゼクティブが一堂に会する大きな会議がありました。上司のお付きでたまたま同席できたので、他の方による通訳と議事進行の両方を聞く機会がありました。

社内の会議では背景知識や業界用語の知識が無いと通訳的には厳しい面もあると思いますが、その通訳の方は問題なく対応されていました。終わった後に社内の知り合いに連絡をしてみると、

「今日はフリーランスの人をいれました」

との事でした。そのときは「初見でここまで出来るのがフリーランスかぁ・・・凄い!」と純粋に感じたものです。

今回はやのなのね通訳翻訳研究所に所属する方々の話や私の経験を交えて、フリーランス通訳と社内通訳に関する私の考えをまとめます。

ただし、私の言う「フリーランス」とは、「継続的に複数のクライアントを抱えていたり、エージェントからコンスタントに声がかかるレベル」で考えています。

仕事をやめて名刺に「会議通訳」と印刷する自由はありますが、実力+人からの評価の裏づけが伴っていないとそこに意味はないので、実力と第三者からの高い評価があるフリーランス通訳だと理解していただければと思います。

フリーランスと社内通訳、どちらがレベルが高いか?

「インハウス通訳」100人と「フリーランス通訳」100人をランダムに集めて、スキルレベルを測定して統計的に見ると、私の肌感覚ではインハウスは分布が三角形になりますが、フリーランスはひし形になりそうな印象です。

インタースクールでは、一年後にプロのフリーランス通訳として稼動する事を目指している人に向けたコースがあり、現在稼働中の社内通訳→フリーランス養成が主流のコースのようです。

一般の方からみれば、社内通訳もフリーランス通訳も、両方とも「通訳」なのですが、その間には大きな壁があるというのも、こういったコースがあると理解しやすいのではないでしょうか。

他にもテンナインという会社も似たようなレベルの人を対象にした社内通訳の専属契約システムがあります。

このリンク先の項目タイトルが「目指せ!フリーランス通訳者 ~テンナイン専属通訳者奮闘記~」となっている事からも、スキルとしては社内通訳 < フリーランスとなっています(専属契約に関しては、次回の記事でまとめます)。

社内通訳を何年こなしても、フリーランスになった時に経験年数としてはカウントされない

業界の背景知識や専門用語を知っているのは、フリーで仕事をする上で大きなメリットになります。

例えば、ITの技術的な話の会議通訳を依頼する場合、「IT企業で以前、同じ分野で1-2年間通訳・翻訳をしていた人」と「ITの経験が全く無い人」がいたとして、どちらの人を使いたいか、と聞かれるとほとんどの人が前者を選ぶと思います。

しかし、IT系の仕事だけでフリーランス通訳のカレンダーが埋まるわけではありません。翌日には戦略コンサルの仕事で客先へ出向いてプレゼンの通訳をして、その次はメーカーの新技術に関する会議に参加するかもしれません。

ですので、「コンスタントに何でも対応できる」事が必要になります。一方、社内通訳では内情、背景知識、専門用語、会社の方針、会議参加者に関して、事前に情報を得る事ができているため、通訳難易度がかなり下がります。

そこで戦えるからといって、フリーランスとしていきなり「縁もゆかりも無い人たちの間に放り込まれて通訳ができる」保証にはならないから、市場ではこのように評価をされているのが現実なようです。

通訳エージェントによっては、フリーランスの新規登録の場合はフリーランス経験でさえもカウントされず、常にレートはスタートレベルから、という会社もあるようです。

どんな時にフリーランスへのシフトを検討すべきか?

インハウスで同時通訳をしていると、頭をあまり使っていないのに通訳は一応しっかりと出来ているような、不思議な感覚になることがあります。

トピックと話し合いの流れにしっかりと自分が乗れていて、あまり意識的に集中しなくても問題なく訳出が出来ている、飛行機の自動操縦みたいな感じです。

他の通訳者はこの感覚を経験したことがあるのだろうか?と思ったので「やのなのね通訳翻訳研究所」でフリーランスをされている方に聞いてみたところ、以下のような返答がありました。

「社内事情に通じてくると、会議の状況、出席者の立場、アジェンダから、出てきそうな発言、議論の展開の仕方が何となく想像でき、まさに『自動操縦』のような感覚になることもあります。

手抜きを意識的にしているわけではないし、恐らく傍から見てもかなり無難にはこなせている感じです。ただし、自分の中で『比較的』無難、『以前の自分』より上達しただけで、客観的に見た時の上達幅はわからないと思います。」

この方も、ある程度自動操縦感が出てきたときにフリーランスを考え始めたと仰っていましたので、その感覚が出るかどうかが一つの判断材料になり得ると思われます。

ただ、「客観的に見た時の上達幅はわからない」というのは大事な点なので、自分の通訳レベルを常に客観的に評価できるようにして、向上させる努力が必要だと思います。

フリーランスとインハウス、どちらが良いの?

フリーランスで仕事をすると、仕事のスケジュールを自分でコントロールできる度合いがインハウスよりも上がります。常に新しい人との出会いがあり、仕事内容も毎日変わる位の方が面白いと感じる場合は、その方が良いかもしれません。

また、フリーランス経験が多いほど市場での評価も高くなります(実力、市場評価、市場での需要との絡みもありますが)。

単価が上がって稼動が多ければ収入も増えます(逆に言えば稼動が無いと収入が無いので、不安定さにもつながります)。フリーランスになりたての時は評価がゼロからのスタートになるので、インハウス通訳よりも給料が下がる場合もあるようです。

一方、インハウスで仕事をする際には「チームの一員」として連携する事が求められます。チームの一員として活動するのを「人間関係が面倒」と感じる人もいるし、チームの一員となる事に対して喜びを感じられる人もいます。

インハウス通訳は「サラリーマン通訳」なので、定時に従って仕事をしなければなりません。また、一生懸命頑張ってもある意味で給料の上昇に限界がありますし、会社に忠誠を誓っても皆が英語が出来るようになってしまえば、お役御免で契約満了と同時に終了、となる可能性もあります。

フリー、インハウス両方ともメリット・デメリットがあると思いますので、自分の生活、性格、仕事のスタイルや次に何をするかの戦略によって選ぶのがいいのではないでしょうか。

次回は、「フリーランス」と「社内通訳」以外の第三の道、「専属通訳」に関してまとめます。